J.S.K.S.増刊号
最高のウイング (4年 新井光希)
投稿日時:2022/09/10(土) 23:40
こんにちは。4年WTBの新井光希です。
まず、部員の皆さん8泊9日の菅平合宿お疲れ様でした。自分は合宿後、同期の武田くん、江口くん、中山くんと沖縄旅行に行き、オフを満喫してきました。旅行中、4年生ブログが始まり、トップバッターの安心院くんが熱い意気込みを書いていました。それを読んだ私は、感動、やる気でいっぱいになった一方、その後のブログ執筆者に対してのハードルが一気に上がってしまったと思い不安でいっぱいでした。ここ数日間何を書こうか悩んでいたのですが、やはりJSKS入部からの四年間と直近でラグビーに対して、そしてJSKSに対して私が感じたことについて書いていきたいと思います。
前ブログでも書いたように、私は大学ではラグビーを続けようとは思っていませんでした。しかし、私の高校の先輩、そして同期たちがJSKSに入部し、大学に友達があまりいなかった私もそれに続き入部することを決意しました。正直に言うと、当初はラグビーを続けたいという気持ちよりも、友達と会う機会が増えるという気持ちが入部を後押ししましたが、今ではJSKSのおかげでラグビーの素晴らしさや楽しさをより一層感じることができます。JSKSではそんなラグビーの新たな価値観を得られたと思います。
そしてもう一つ、JSKSで得られたものといえば最高の仲間です。練習中はミスをしたときは愛のこもった罵声をかけてくれ、試合中は最高に盛り上げてくれる。またラグビー以外にも、練習や試合後にご飯を食べに行ったり、オフの日には一緒に遊びにいくとような何気ない日々を形作ってくれるだけでなく、自分の留学前には、同期で集まってお別れ会を開催してくれたり、留学中も頻繁に連絡を取り合ってくれる、そして留学から帰ってきたら、すぐに飲みに行ったり、ドライブ、サーフィン、旅行にも付き合ってくれる、そんな優しい仲間たちです。文字通り、”一生の友達”をJSKSでは作ることができたと思っています。
上にも書いたように、私は3年生の夏から4年生の春学期まで留学に行っていたため、最近はJSKSにあまり参加ができていませんでした。一年間ろくに走ることもせず、ボールも一切触らない日々を過ごしていたため、体力は落ち、サインすら忘れ、持ち味?であった足の速さも失うこととなりました。留学から帰ってきて、留学後の手続きや研究会に追われ、練習にもあまり参加できない状況が続き、また練習に参加しても周りとの体力、スキルの差を感じながら、正直、段々とラグビーに対する熱量が下がってきていました。
そんな中、三年ぶりの菅平合宿が始まり、私にとっては初めてのJSKSとしての合宿を経験することとなります。(一年生の時は短期留学に行っていたため合宿に参加していなかった。)私は研究会の都合で途中参加となりましたが、宿に到着後、いつもとは違う緊張感を真っ先に感じ、実は少し戸惑っていました。合宿最初の練習のメニューはコンタクトにフィットネス、いつも以上に盛り沢山できつい練習でしたが、キャプテンの山本くん率いる幹部陣を筆頭に、全員が主体となって笑顔で練習を盛り上げていて、久しぶりに練習をきついけど楽しいと感じました。
合宿最終日には、一年以上ぶりにJSKSのジャージを着て、試合に出させてもらいました。しばらく練習に参加できていなかった自分を試合に出してくれた幹部陣には感謝しています。
そして試合前のあの盛り上がりは今でも忘れられません。全員が全力で声を出し、笑顔で盛り上げていた光景、言葉では表しようのない高揚感、そして自分が、全員がJSKSとして一体となった感覚、その全てが自分をやる気にさせてくれました。一年間のブランクなんて関係ない、残り少ない試合、全力でみんなと闘いたいと。
「ライン際の魔術師」これは高校最初の菅平合宿で怪我をして下山した後に、先輩に買ってもらったRyuティーに書かれていた言葉です。高校一年生からポジションはウイングをやっていましたが、ボールは落とすし、キックはできない、一時期、フランカーやロックまでやらされ、自分はウイングが向いていないのではないかと思うこともありました。しかし、最後には鮮やかにトライを取り切る、華のポジションになりたいと思いウイングを続けてきました。このTシャツはそんな気持ちを後押しするような存在です。練習では洗濯が間に合えば毎日のように着ていたくらいお気に入りの練習着でした。ある時、匂いが取れず、煮沸したところシワクチャに縮んでしまい、着ることはできなくなってしまいましたが、今でも大切にとってあります。
今年はJSKSとしての、そして私の7年間のラグビーの集大成です。青高から7年間一緒にプレイしてきた仲間達、留学中にも頻繁に連絡を取り合ってくれた同期や後輩、そして一緒に合宿を乗り越えた全員とラグビーをできるのも最後になります。留学で一年間ラグビーをプレイしていなかった、そんなの関係ありません。残り約3ヶ月、全力で練習をして、ファースト15選ばれるような、クラブ選手権優勝に貢献できるような最高のウイングになってやります。
JSKSのライン際は任せてください。
クラブ選手権優勝、絶対とるぞ。
記事タイトル:最高のウイング (4年 新井光希)
(ブログタイトル:JSKSラグビーフットボールクラブ)
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